fixion

言うまでもないが、この文章はフィクションである。





いま、ある一つの部屋におり、静かにタイプをしている。部屋の窓は閉ざされていて、外はすでに暗い。反対側の扉も閉ざされており、その向こうにある廊下の様子をみることはできない。ただ静かにパソコンの駆動音と、空調のわずかな騒音がするばかりである。
目の前のモニターには何かが映りこんでいて、そのすぐ下にあるキーボードと二つの手が時折うごいては停止している。さらにその隣にあるマウスはほぼ放置されているが、ときどきその場所を変えている。マウスからは、ごくまれに小さなクリックの音が鳴るが、それと並行しないかたちで、右と左それぞれ別の位置からキーボードをたたく音がする。
この光景、この音に、おぼえはあるだろうか。
窓の外はすでに暗く、半分だけ開いたカーテンから覗くガラス窓からは、隣のビルの灯りがわずかにみえている。そこに、白い蛍光灯に照らされた室内の景色と、そこにいる誰かの人影が重なって映っていて、音も立てずにこちらを向いて固まっている。その向こうから、遠くを走る車の走行音と、わずかな虫の羽音が折り重なるようにしてある。
目の前のキーボードを叩く手が、ときおり逡巡して、宙に浮いたままの姿勢でとまっている。モニター上の映像にもほとんど変化がない。うすい扉の向こうでは、人の足音ないし靴音がいくつも響いて、キーボードやマウスのクリック音と入り交じっていく。
けれどその音はここだけのもので、だからそれをあなたが聴くことはできない。








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