Actaeon

暗がりの奥で 顎をあげて こちらを見つめる 
瞳の光がきらめく それが あなたの
最後の姿
暗がりにふみこみ 人影のなかにすれちがう
あの瞳は もう二度とない
うしなわれた あなたの影の

奥へ 奥へ ふみこむ迷路は 終わりのない光
に満ちて 人影だけが とおりすぎる
見ず知らずの 他人の体をとおりこして
あの花 あの影 あの闇
を さがしつづける

私を引き裂いた大いなる姿 は 偶然の賜物
森の中で見出した あどけない口元
繻子の髪は波打って 弓なり
の姿態は 驚きにみたされている

息を奪い のびる指先に
自らを語る声は止み
引き裂かれる私の体 
かろうじて視界に消える あなた
は 影のない光



だから今日も 時をこえ
過去と現実が とめどなく出会う
他者たちの檻 をさまよう

窓からの光 しかない迷宮
から 逃げる こともできず
餌を嗅ぐ動物のように 這い回る
賑やかな他者ども 泥酔した偶然
似姿のあふれる 出口のない城

今日も森の中をさまよおう たとえ
この世が光で満ちようとも
この眼が その姿をさがしあてるまで
影のない足跡だけをつける 
狩りをはじめよう

さがしだした そのとき
訪れた偶然が もう一度くりかえす
窓のむこうに覗く あなたの尊大な顔
その指先は 怒りにたわみ 唇は今やなまめかしい 
瞳の光に復讐を宿し 鎖を引きちぎって
みずからの名を呼ぶ声 高らかに
この場所でふたたび
誇らしげに 

を引き裂く





triple

そうじゃないわ そうよ そうそう そうよ いいえ ちがうわ そうよ
ちがうの そう いえ ちがう そうじゃないって
そう うん いえ ちがう いや いいえ そう
そう いや ちがうって  
いいえ そう ちがう そうよ そうそう
いいえ そうじゃなくって 
そう いいえ ちがうのよ
そうそう そう そう いいえ 
ちがうわ 
一体何を見ているの?


そう言って 奥の部屋で 時間を忘れて
糸を操る その指に
絡んだ 幾筋もの声が


いや そうじゃない そう そうだ いや
そうじゃない そう いや そうそう 
ちがう いや そうかもれない そうだ いや
ちがう いや、何人いるんだ? そうか そう
いや まちがいだ 最初から つねに いや
やりなおし まちがいだ それはない そう
ちがう わすれた もういちど いや
まったく すでに これから そうだ
そう いますぐ そうだ もういちど


壁の向こうで 声をあげる うしろむきの天使が
逆さ吊りにされて笑っている 運命の女神とののしりあう
偶然に酔いしれる神々たち

の あいだで


終わることのない 
いや そうじゃない そうそう そうだ
ちがうわ そう いえ ちがうわ そうじゃない
いいえ そう ちがうわ そうよ これから そこだ いや そうそう
そうよ そこか そう そうそう いえ ちがう そうか
そう そうだ そうよ そうそう そう
そう いま もういちど ここで 
そう いや ちがう またか そうじゃない
そうか そう そうよ 
ちがうわ そう
もういちど





1と5

意味も必要も 要りはしない お前は
影も形も 見ることはできない 他者
声だけが大きくてガサツな 斜め後ろを見れば
絶えて途絶えることのない笑顔で遠くから
立っているお前は、 ああ、あいつは5年前に死んだ
することのない笑顔だけで立っているあいつは
どこかに消えちまったよ 昔のことさ
誰も忘れてない 5年前のことだけは
そうだ いや そうじゃない ちがう
いや そうさ そうだろ

そう言ってあいつは どこかへ立ち去った 影
だけを残して 忘れ物は 煙草の煙 もう
灰皿も どこかへやっちまったな あの
朝の
雨のあとで 水をのんで 電車にのった
ちいさな旅 の途中

逃げたわけじゃないさ 逃げたわけじゃないよ だってたくさん雨を飲んだんだ たくさん たくさん雨を たくさんの子供たちといっしょに
たくさんの雨を やまない夜に からだじゅうで
かぶったんだ。いつのことかって。忘れたよ。何もかも忘れた。もう何もかも
ただ、あいつは死んだよ ああ、他者さ。うるさい奴だった
死体は郵便につめてポストで送ってやったよ あいつにな 今ごろ受け取って慌てふためいてるだろうぜ
意味も必要もないだろうからな。

そう何度も呼びかけるなよ さっきから答えているだろう いちいちいちいち五月蝿い奴だ
そう何度も呼びかけるなよ さっきから答えているだろう いちいちいちいち五月蝿い奴だ